社内対立を克服しV字回復を遂げた建築資材メーカーA社
サポートの流れ ●何よりも重視したのはコミュニケーション 働きやすい職場とはどのようなものでしょうか。答えはいろいろあるかと思いますが、私が考える「働きやすさ」とは、従業員同士の争いがなく、人間関係が円滑な職場だということです。不必要な悩みや不満を抱えることなく働ける職場であれば、ビジネスで起こってくる問題も、職場が吸収し解決できるはずです。 ところが経営者や首脳陣が、自分たちの都合で運営したり、私利私欲に走ったりすると、従業員も途端に自分中心の考え方になり、争いが増えるようになります。経営者や首脳陣の考え方・行動がそのまま職場に反映されるためです。ですから経営者には、「働きやすい職場環境をつくる」ということを最優先課題として考えてほしいと思っています。効率を上げ、生産性を高め、利益を上げていくことは、働きやすい職場があってのことなのです。 私がコンサルティングを始めるにあたって重視したのは、現場の従業員とコミュニケーションを取ることを通して、真の問題点をあぶり出すことでした。「話を聞かせてください」と外部の人間として振る舞うのではなく、文字通り「同じ釜の飯を食」いながら、仕事内容について、職場について、自分が担当していないほかの部署について、経営者や首脳陣について、心からの思いが聞きたいと思いました。そこでいろいろ考えた私は、製造現場の中途社員として働かせてもらえないだろうか、と社長にお願いしました。新入社員として働くことで、現場の問題を肌で感じることができるはず。そういう人間には、外部のコンサルタントには決して打ち明けることのできない本音を聞かせてくれるのではないか、と考えたのです。 ●現場の一員として働く 社長の了承を得た私は、翌週から半年間現場で働くことになりました。一緒に作業をすることで、その会社が何の材料を使って、どのようなプロセスで製造しているかを逐一知ることができます。私自身も初めての仕事でしたので、リーダーや先輩たちに教えられ、手ほどきされながら仕事を覚えていきました。作業をしていれば、現場にはどんなルールが必要で、何を自主性にまかせるべきかが見えてきます。コンサルタントとして職場環境を整え全体の効率や品質を上げるためには、何をしていくべきなのか?私は働きながら改善方針を立てていきました。 また、作業を通じてその製品にはどんないい部分・悪い部分があるのか、見本を見ているだけでは決して分からないところまで把握できるようになりました。製品の強み・弱みを知ることで、営業の方針が立ってくるのです。このようなことは、1ヵ月程度の現場研修では決して知りえないことでした。半年間現場で仕事をして、私は製造原価のコストダウンは難しいという結論にいたりました。また「現場は現場」という意識が強く、営業のことなど知らない、顧客のニーズも分からない、会社として何をすべきなのかも聞いていない、という意識が見られることも大きな課題でした。 以上のことを踏まえ、私は営業部門に対しては ①「価格で売れない」をやめさせる ②製品を買うことで、住環境がどのように変わるかという提案にシフトする ③住宅から非住宅へ売り先を変更する 製造現場に対しては ①「聞いてない」「知らない」「分からない」を現場からなくす ②現場も「当事者意識」を持つ という方針を立てました。 経営陣に対しては、組織運営に欠かせない「ヒト・モノ・カネ」に即して、 ヒト:人のせいにしない企業文化の育成 モノ:「売れない」ではなく「売り先を変える」 カネ:コスト会議で価格を下げることが本当に必要かどうかを徹底して話し合う 以上の3つを柱に改善をしていきましょう、と訴えたのです。 ●現場でしか分からない苦労、現場には分からない苦労 現場でただ1人私の「正体」を知っている現場主任とは、仕事を終えてからもコミュニケーションを重ねていきました。そこで粘り強く「営業に納得させるのが現場主任の仕事ですよ」と伝えたのです。矢面に立たされる現場担当は、確かに風当たりも強く、厳しいポジションです。けれどもそんなときは上司の力を借りて、組織を動かしましょう、と。 また「失敗してもそれを補ってくれる人がいたとしたら、何がやりたいですか?」と現場主任の率直な思いも聞いてみました。そして主任の希望を経営陣に訴え、それを実現させることで、確かな信頼関係を築くことができました。 それと同時に私の方からは、現場が知らない経理の内情も率直に伝えました。働きやすい職場というのは、自分が所属する部署だけで完結するものではありません。会社全体の理解を深めることを通して、現場も営業も管理職もひとつの組織なのだということを、単に頭で理解するのではなく、腹に落としてほしかったのです。「現場はいいものを作るから、あとは営業が売ってくれ」という態度ではなく、どうしたらもっと売りやすい製品になるだろう、という視点が必要です。私は外部の視点を現場に持ち込み、部署間を繋ぐことによって、コミュニケーションを深めていきました。 現場主任の態度や考え方が変わったことで、それが現場全体にも伝播していきました。また、経営陣も私の提言を汲んで、いくつかの面で実際に改善を実施してくれたおかげで、現場従業員の会社に対する信頼度が大きく変わっていきました。 ●改革には抵抗がつきもの 現場改革の次は、新しい売り先の開拓に着手しました。当たり前のことですが、会社として利益を生むためには、いい製品を作るだけでなく売ることが不可欠です。そのため営業部門は、いい意味でも悪い意味でも「会社の利益は自分たちが作り出している」という自負を持っていました。いい意味というのは、これまでの実績と経験を蓄積しており、営業のノウハウを持っているということです。しかしそのことは同時に、自分たちのやり方をよしとして、よそからの批判は受け付けない、という悪い面を意味します。実際に私は激しい抵抗に直面しました。 人口が増え続け景気もよければ、いいものさえ作っていればいくらでも売れます。しかし少子高齢化に直面し、景気も低迷する現状では、従来と同じ販売方法を取っていれば行き詰まるのは当然です。そこで私は「価格で勝負しない売り方」にシフトすることを提案しました。そのために販売会議では、製品が作られる現場をもっとよく知ってもらい、自社製品を数字で捉えるのではなく、それを組み込んだ住居全体として考えることに重点を置きました。従来は価格を除けば「丈夫で長持ち」ぐらいしかなかった訴求ポイントを、「この製品を取り入れることで住環境がどのように変わるか」にシナリオも作り替え、粘り強く話し合いを重ねていったのです。 一方、私は非住宅の市場がどうなっているか調査を行っていました。とりわけ重視したのは、地域の寺院や歴史的建造物です。しかしこの点に関しては、自分たちには非住宅の経験はない、寺院などは専門の業者がいる、この領域に進出するなどもってのほか…という激しい批判を浴びたのです。そこで私は、市役所の地域産業課とコンタクトを取り、地域や近隣一帯の状況を聞きました。特に決まってはいないことが分かったので、まずそこから売り込みを開始しました。そして「できるはずがない」と思ってそもそも市場として考えたことのなかった領域に、進出することが可能になったのです。このことはA社の業績のV字回復を、大きく牽引するものとなりました。 ●泥臭いやり方で コンサルタントというと多くの方が思い浮かべるのは、現場を視察し、経理などの数字から財務状況を洗い出し、改善点を挙げ従業員の指導などを行っていく、という姿ではないでしょうか。それで会社の業績が回復し問題が解決するのであれば、コンサルタントを雇う意義は十分あると思います。しかし、実際に私が入った企業の中には、すでにそうしたコンサルタントが入り、結果が出ないまま投げ出した状態になっているところがいくつかあり、A社もその一つでした。 営業も会社も信用していない現場従業員が、外部からやってきたコンサルタントに、現場の問題点を打ち明けることができるでしょうか?私は外から数字を見て判断するのではなく、中に入り共に働くことを通して、そこで起こっていることを自分自身体感したうえで、解決策を考え行動するやり方を取っています。 A社の場合は経営者の方が私の希望を聞いて、中途社員として現場に受け入れてくれました。また改革に協力してくれた現場主任など、多くの方のお世話になったことはいうまでもありません。しかしこの事例は、私が理念の第一として考える「人が人らしく生き、働ける職場環境をつくる」ことを通じて、会社の利益もV字回復させることができた、大きな成果だったと考えています。

ご依頼時の状況
A社は建築資材を製造する、創業から半世紀を超す老舗企業です。伝統的な製法を活かし、高級住宅などを 中心に安定したシェアを確保していました。
ところが戸建住宅の減少とともに2000年ごろから業績は下降し始め、回復の糸口を掴めぬまま十年あまりが経過、さらに軌を一にして営業部門と製造部門の対立が激しくなってきました。販売不振は高い販売価格に起因すると、製造原価のコストダウンを求める営業部門。それに対して製造部門は、ほぼ寡占市場にあって品質の高い製品を作っているのに売れないのは、営業の努力が足りないのではないかと不満を募らせていたのです。そうした状況を背景に当社に寄せられた依頼は、業績を上げることに加えて、部門・従業員同士の間で問題や争いが起きないような組織に変革する手伝いをしてほしい、というものでした。
商社からメーカーへの転身に成功したB社
サポートの流れ ●追い風が去ったあとを見据えての組織作りに必要なもの 社長との面談を経て、私は成長を続ける会社づくりを大きな柱に据え ・自社分析と他社の動向の分析による問題点の抽出 ・数珠つなぎの会社を目指すために次代を担う人を育成できる環境の整備 ・ブームが去ったあとの関連事業の柱を設定 この3つのポイントを軸に、業務と組織の見直しに着手しました。 ●商社からメーカーへの転換 B社は商品を海外から輸入し、代理販売を行う商社でした。ところがその品質にはばらつきがあり、長年にわたる経験を蓄積し、商品の特徴をよく知っているB社から見ると不満の残るものでした。また自社の工事部隊がいないために敷設工事は下請けに回しており、私から見ると同社のこれまでの知識と実績を十分活かせているとはいいがたい経営のあり方に思えました。B社の実力からすれば、単なる販売代理店に留まるべきではなく、自社製造から敷設まで一貫して行う方がふさわしいと考えました。商社からメーカーへの転身という大きな決断を、経営陣に求めたのです。将来的には自社工場を持つための第一歩として、ノウハウを持っている工場を買収することを提案しました。 また、自社による敷設工事をスタートしたことを広く知らせるために、工事の様子を物語形式でウェブサイトにアップしていくことにしたのです。失敗しながら山を刈り込んでいる写真から、仮設、敷設と、工事の過程を逐一報告していきます。そうすることで太陽光発電について詳しく具体的に知ってもらうだけでなく、B社の工事部隊の存在を広くアピールすることができるようになりました。海外から輸入し代理販売を行う商社から、ものづくりから敷設まで一貫して行うメーカーへと転身することで、自社ブランドを確立し、ブームが去ったあとも安定的な成長を確保できるようにしたのです。 ●半ば無意識の「思い」を言葉にする 私が依頼を受けた段階では、B社は株式上場の準備を進めているところでした。ところが社長と面談を重ねるうち、本当に社長は上場にメリットを感じ、納得して進めているのだろうかという違和感を覚えたのです。イエスかノーかで聞けば、きっとイエスという答えが返ってくる。でも心からそうは思っていないはずだ。そう考えた私は「上場しなかったとしたら、どんな不都合が起こってくるでしょうか」と話を向けました。 上場のためには人員体制を整える必要がありました。さらには上場後も継続するための費用が必要です。そうしたデメリットを差し引いても、上場しなければならない必然性がB社にとってあるかどうか、いったん立ち止まって社長の本心を聞かなければと考えました。 社長からすれば、会社の知名度を上げ成長を続ける会社へと育成するためには、上場は当然のことと考えていたところに、上場しないという選択もありうることを提示したのです。それがきっかけとなって、社長自身が無意識のうちに感じていた「上場したくない」という思いを言語化することができたのでした。上場については従業員の多くがメリットを感じていないことも、聞き取りを通じて分かってきました。それならば上場しないという選択のもと、会社の方針を作っていくことを最終的に社長は決断したのです。 ●数珠つなぎの組織を もう一つ私がB社に対して行ったのは、人を育てる環境の整備でした。持続可能な組織を作るためには、これから先一緒に組織を担っていくメンバーの育成が不可欠です。 ●方針を提示するのではなく、共に悩み、共に考えるコンサルタントとして 私はそれまでコンサルタントとして働きながら、自分自身の当たりの弱さをある種の弱点と考えていました。会社を率いて、これまで数々の荒波を乗り切って来た経営者に対して、そのやり方は間違っている、こうしなさい、と強く言うことができないのです。確かに数字上はこうなんだけど、そういう考え方もあるなあ、もう少しいろんな人から話を聞いてみよう…というのが、私が一貫して取ってきたやり方でした。 ところがB社の社長と面談を重ねるうち、自分のこの当たりの柔らかさゆえに社長が本心を打ち明け、周囲から理解してもらえない悩みを打ち明けることができるのだ、と気づきました。自分の弱点こそが強みであることに気づいたのが、B社での経験でした。

ご依頼時の状況
太陽光発電の敷設販売を行うB社からは、株式上場を前に会社組織を立て直したい 、というご相談をいただきました。2011年3月11日に起きた東日本大震災と福島第一原発の爆発は、多くの人に原子力エネルギーの恐ろしさを抱かせることになりました。その後、人々の目は代替エネルギーに向けられ、太陽光発電は空前のブームを迎えることになります。B社もその例外ではなく、急激に増える需要に会社が追い付いていないという状況にありました。
ブームを当て込んでの新規参入の業者が多い中、B社社長は「太陽光発電こそ、本当のエネルギー」と信じて地道な事業経営を行ってきた、業界では古参の人です。だからこそ現在のブームが一時的なもので、それが去ったあとを見据えての株式上場計画でした。上場を機に経営体制を見直し、職場改善を成し遂げたいという社長の思いもありました。
市場を転換する ことでシェアを伸ばした学習塾
サポートの流れ ●かつては効果的だった差別化が経営圧迫の要因に 高校受験を考える子どもや保護者にとって、今では選択肢は数多くあります。塾も集団指導塾や個別指導塾、難関校対策中心の塾、補修中心の塾、そのほかにも家庭教師や通信教育、またオンラインで学ぶこともできます。逆に受験産業にとっては、子どもの絶対数が減っていく中で、乏しいパイを大勢で奪い合うという非常に厳しい状況なのです。 C塾はこれまで厳しい入塾テストを課すことで差別化を行い、その地域で「××高校に行くならC塾」「勉強ができる子はC塾に行っている」という評判を確立していました。合格実績だけでなく、ほかの多くの塾が「学生バイト中心の講師」「教室は雑居ビルの一室を間借り」という状態であるのに対し、有資格者による専任講師制、ビル全体を確保した広く明るい教室など、ブランディングの面でもC塾は多くの保護者を引きつけてきたのです。 ところが少子化の進行するこの地域では、中学生の総数も年々減少していきます。かつては成功していたブランディングと差別化が、逆に経営を圧迫する要因となっていました。 ●市場が縮小するなら転換してみよう 経営状態を改善するには、生徒数を増やさなければならない。けれども生徒数を増やせば「難関塾」というブランドに傷がつく。そこで私が考えたのは、そこに入れないレベルの生徒たちをフォローする受け皿を作る、ということでした。入塾テストで一定の点数を取れなかった生徒たちは、これまでは競合である個別指導塾に流れていました。そうではなく、彼らもまた「C塾個別指導教室」に吸収するのです。そうやって垣根を下げることによって市場を広げようと考えました。 私は他社の個別指導塾の運営状況を分析しつつ、経営者とともに個別指導塾と集団指導塾を連動させるシステムへの転換に着手しました。集団指導塾は従来通り、有資格者による質の高い授業を維持しつつ、個別は塾出身者を中心とした学生バイトを採用し経費の抑制に努めながらも、研修などによって指導の質を落とさないシステムを作り上げました。 また、ターゲットとなる子どもと保護者に対しては、入塾テストで一度弾かれてもC塾の個別指導を受けることができる、周囲からは「C塾へ行っているの、すごいね」と言ってもらえる、そして次の機会には再び集団指導の入塾テストを受けるチャンスが与えられる、集団に行かなくても「もう一つ上の学校が狙える」という「夢を形に変える」コースとしてオファーすることも決まりました。 ●市場を広げることで従来のブランディングがより強力に 体制が整うとともに、保護者を対象とした学年ごとの無料説明会を各地区の教室で開催することにしました。例年行われている集団指導塾向けの入塾説明会の中でも個別塾を紹介しただけでなく、別途個別指導塾独自の説明会も、回数を重ねて行いました。 そのお知らせも新聞の折り込み広告やポスティング、学校近くでのビラまきなどを通して徹底的に行いました。また、説明会の参加者には、無料で体験授業が受けられるチケットも配布しました。こうやって「あのC塾が個別指導を行う」ということの周知徹底を図ったのです。 このとき、C塾が長年この地域で培ってきた「××高校へ行くならC塾」という評判が、地域の中堅校を目指している生徒の保護者にも、大きくプラスに働きました。これまでわが子の成績だと関係がないと思っていたC塾に行ける、C塾でもう一つ上の高校を狙わせてあげたい、という保護者層を取り込むことができたのです。その結果C塾の個別指導部は初年度から多数の生徒を獲得することになり、塾全体の経営を牽引することになりました。 個別と連動したスタイルは単に市場を広げただけでなく、最終的に「難関校ばかりでなく、中堅校にも強いC塾」というブランドを形成することに繋がったのです。

ご依頼時の状況
中国地方で展開するC塾は、地元の一流高校への進学を目標とした高校受験特化型の塾でした。 ところが少子化の流れを受けて、経営状態は悪化。私が相談を受けたときには、すでにコンサルタントも何回か入っていながら、いずれも立て直しに失敗しているという状態でした。
仕組みづくりを通して営業成績を飛躍させたD社
サポートの流れ ●「人」でものを売るはずが… D社の社長はかねてから「人でものを売る」として、人材が大切と言っておられる方でした。それ自体は非常に立派なお考えで、尊重すべきものです。ところが会社の体制は、社長がすべてを決定する旧態依然とした体制のままでした。 私が入る前にもD社にはコンサルタントを導入した経験があり、毎月1回のコーチングを中心とする研修が行われていました。そこで私はそのコーチングを実践してみてどうだったのかを中心に聞く、各従業員との面談を開始しました。すべての従業員と1対1で個人面談を行い、それでも足りない場合は二度三度と話に耳を傾けたのです。 面談を始めてすぐ、D社の構成は「営業部」「工事部」「設計部」「資材購買部」の4部署から成っていたのですが、部署間がまったくといっていいほど連携が取れていないことに気づきました。各部長も親会社からの出向組で定期的に人が変わり、上司も他部署に対しては興味もなければ関心もない、という態度でした。上司がそういう状態ですから、従業員もバラバラです。とりわけ営業部以外の部署では、営業ペースでさまざまなことが決まっていくことに対する根強い不満がありました。 また、この会社では深夜まで続く会議が定期的に開催されていました。ところがこの会議は、問題解決に繋がらない話が延々となされるばかりで、会議のための会議となっており、出席者全員が疲弊していました。ところがこの問題をコーチング研修で訴えることもなく、コーチング運営者との信頼関係がまったく構築されていなかったことも分かりました。面談を通して、私はまず社長の意識が変わらなければならない、という結論にいたったのです。 ●従業員を守らない会社は続かない 山積する問題を前に、社長は私に向かって「もう辞めたい」と言いました。私は「辞めてください。ただその前に、社長の決定がなくても自分たちだけで決定できる組織を作りましょう」と提案したのです。 最初に取り組んだのは就労規則の改訂です。従業員を守らない会社は続きません。これまで未払いだった残業手当を支払い、就労規則を改訂して深夜の会議を止め、就業時間を厳守するようにしました。 それと同時に社長の後継者となる二代目の育成に取りかかりました。社長の息子は次期社長となるべく入社し、営業部に籍は置いてあったのですが、実際にはまだ会社の業務に携わってはいませんでした。そこで実際に仕事を覚え、契約を取り、同年代の従業員と連携を取れるようにする、という目標を立てました。 ●相手から求められる営業を 次にいよいよ当初の依頼であった、営業の回復です。従来のコーチングを受けてきた営業担当者たちとの面談を通して、私は彼らが「何を話すべきかは分かっている。どこでどうクロージングに持ち込むかも理解できている。けれどもその前に話を打ち切られることが続き、精神的にも疲弊している」という状態にあることを知りました。 そのとき分かったのは、営業担当者がお金の話しかできていないということでした。コーチングで学んだ販売メソッドに従って、まず他社との比較をしたうえでこちらからの予算を提案する、相手からはもっと安い価格の提示がある、そこで再度調整してクロージング、という手順を全員が踏襲していたのです。 私は皆さんがコーチングを受けていて「頭で納得するだけ」だったのではないか、と感じました。営業とは、販売と同義語ではありません。相手方のところで仕掛けづくりの会話を始めることから、営業は始まっていきます。そうやって信頼関係を築き、相手の方から「こんな問題があるんだけど、ちょっとなんとかしてもらえないかな」と言ってもらう。それが理想の営業だと私は考えるのです。ですからもちろん大枠の流れはありますが、営業の現場はもっと流動的なもののはずです。 そこでこの仕掛けづくりの会話を皆で学ぶために、ロールプレイングを導入しました。自己紹介とは自己開示であること、率直に自分を伝えることによって、クライアントの信頼を得、同時にクライアントの話に耳を傾けることで信頼関係を深める、そのやり方を、全員がクライアントになったり営業担当者になったりしながら体得していきました。このようにして営業担当者の皆さんには、営業が嫌ではなくなった、楽しくなってきた、と言ってもらえるようになりました。 同時に、営業とは営業担当者だけが行うものでもありません。担当者個人が矢面に立つのではなく、売れる仕組みを会社全体で作っていく。その仕組みの中で、営業担当者も営業を行うのです。設計も営業の提案を汲みとって、営業が提案しやすい、売りやすい設計をする。工事も資材購買も同様です。「売れる仕組みづくり」に焦点を当てて、それぞれの部署を改革していきました。 こうした一連の改革を行うことで、バラバラだった会社が「売れる仕組みづくり」を通して一つにまとまっていきました。同時にその結果として、従業員全体の社長に寄せる信頼度を高めることに成功したのです。次期社長となる二代目も、営業部の中心として働くようになっていました。 ●方法は同じでも目指すゴールが違えば結果は変わってくる D社の場合私が改革の中心に据えた方法は、前任のコンサルタントと同じコーチングでした。しかしコーチングという方法は同じでも、私が目指したゴールは「クライアントから求められる」営業でした。そこに焦点を合わせ、コーチングもロールプレイングも徹底して行ったのです。 「それなら前のコンサルもやって、効果がなかった」と思われる場合もあるかもしれません。けれども、ゴールが違えば結果は違うものになります。 私がいつも重視するのは、「会社が何をゴールにしているのか」ということです。なぜそのゴールなのか、そのゴールが現在の会社にとって最良のものなのか、経営者と徹底的に話し合います。そうして私はゴールに到達したときに見える風景を、できるだけ具体的に話していきます。明確にゴールさえ定めておけば、あとの諸施策はそこから逆算して決めていくことができるのです。
